ローティーンアイドルは市民権を得たか?(1)

ところで、いまやローティーンアイドルの尖兵とも言うべきBerryz工房ですが、成立時全員12歳以下だった、という事実をご存知でしょうか(ファンの間では周知の事かもしれませんが)。数年前では考えられなかった事です。10年ほど前からのアイドル低年齢化も、もはや行くところまで行ったか、という感じがします。ハロー!プロジェクトキッズ最年少の萩原舞は1996年生まれ。まだティーンエイジャーですらありません。
この低年齢化の流れには、少なからず1999年5月に国会で成立した児童ポルノ*1 の影があると思いますがこちらの方に関しては不勉強なため、現時点での言及は避けます。それよりも低年齢化の先鞭をつけた存在として、1990年代後半に登場し、そして消えていった「チャイドル」(Jr.アイドル)という存在について触れなければならないでしょう。

「前史」としての広末涼子

チャイドル」という言葉はコラムニストの中森明夫が、「チャイルド」+「アイドル」として作った造語だと言われています。1990年代前半はいわゆる「アイドル冬の時代」と呼ばれた時期でした。そんな1990年代中頃に彗星の如く現れたのが広末涼子です。第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイス」コンテストグランプリ受賞という形で世に出た後に、週刊ヤングジャンプのグラビアから火がつき、NTTDoCoMoの「広末涼子、ポケベルはじめる」のCMで全国区へ駆け上がっていったと言えるでしょう。現在に続くアイドルの系譜というのはこの広末涼子に始まっていると言えるのではないでしょうか。少し言い過ぎかもしれませんが、広末涼子以前と以後に大きな断裂があるのは事実であると思います。
当時は広末涼子独り勝ちの様な状況であったと思いますが、広末涼子の登場において大きな点は2つあると思います。一つは、前述の様に広末涼子の登場によって「アイドル冬の時代」が終焉を迎えたと言うこと。そしてもう一つは、当時広末涼子がまだローティーンであった、ということです。*2 しかしそのことがアイドル低年齢化現象の直接の画期であったとは思いません。広末涼子はローティーンではありましたがハイティーン(=「冬の時代」以前からのアイドルの平均的年齢層)との境目の年でしたし、「チャイドル」として見られた時期など全く無いように思います。ただ、それ以降の流れの伏線として、出現当時の広末涼子がローティーンであった、という事実は重要であるのではないかと思うのです。そのような意味で、「チャイドル」という言葉の登場と浸透まではまだもう少しの時間が必要でした。


id:dolphi:20050509:1115661385に続く)

*1:正式名称は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」。

*2:広末涼子は1980年7月18日生まれ。